痴漢えん罪に特効薬などない

久しぶりに時事ネタを一つ。

大阪市営地下鉄で男性会社員が痴漢にでっち上げられた事件後、「男性専用車両を導入してほしい」という申し入れが市交通局に相次いでいることが21日、わかった。「痴漢に間違えられたくはない…」。同様の要望は事件前から鉄道各社にも寄せられていたという。

「男性車両作って!」痴漢冤罪にサラリーマン悲鳴 (ZAKZAK)

言わんとすることはわかりますし、女性専用車両があるなら、男性専用車両を作れという方向に考えるのも自然なことでしょう。

しかしながら、この痴漢えん罪問題は、男性専用車両を作ればすべて解決するという類の話ではありません。社会の複雑な問題が入り組んだ結果が、このような事態を生み出しているのです。

痴漢えん罪問題は何が原因なのか?

痴漢えん罪問題は、一種の社会問題そのものともいえます。下記の問題すべてが影響していると考えますが、これらを解決するのは簡単な話ではありません。現実問題として解決のしようがないものもあるでしょう。

1. 痴漢そのもの

当たり前ですが、痴漢そのものがなければ、えん罪そのものが起こらないでしょう。しかし、現実的に無くすのは不可能だと思われます。

2. 勘違いなどによる痴漢えん罪

電車が満員で意図せず手や鞄などが当たってしまうなど。痴漢そのものがなくならないなら、これもなくならないでしょう。

3. でっち上げ犯の存在

イントロダクションの記事の元になった、下記の痴漢のでっち上げ事件など。

 蒔田容疑者は「示談金目当てで計画した。金がほしかった」と供述。事件直後、犯人に仕立てられた会社員、国分和生さん(58)=堺市北区=が天王寺駅で自ら降り、駅員に事情を説明したため、「直接示談交渉して金を取ろうと思ったが、あてがはずれた」などと話しているという。

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これも痴漢そのものと同じで、無くすこと自体が不可能でしょう。悪用する人間はいくらでも出てきます。

4. 電車の異常な混雑

電車が十分に空いていれば、上記の1~3が起こる可能性を低くできるでしょう。逆にいえば、混雑していればいるほど痴漢もえん罪も起こりやすくなるわけです。

とはいえ、今回のでっち上げは2人組が強い悪意を持って実行したため、空いていたかどうかはあまり関係ないでしょう。やろうと思えばいくらでもできるはずです。混雑していなくても、あくまで確率が下がるだけです。

5. 警察の捜査能力の問題

勘違いやでっち上げが起こっても、適切な捜査と調査がおこなわれれば、えん罪が起こる確率は低くなります。しかしながら、今回はとても「適切」とはいえなかったようです。

 国分さんは誤解を解こうと、自ら天王寺駅で降りた。「助けてもらえる」との思いで足を運んだ駅の一室。「やってない」と訴えたものの、声を荒らげる警察官は「触ったやろう」と耳を貸さず、府迷惑防止条例違反で現行犯逮捕、阿倍野署に連行された。暗い留置場で、男手一つで育てた結婚前の娘たちが頭に浮かび、「犯罪者にされたら迷惑がかかるな」と一睡もできなかった。

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しかし、捜査が慎重になりすぎると、今度は実際の痴漢犯を捕まえることもできなくなります。この辺りのさじ加減をどうするかは、非常に難しい問題でしょう。解決する方法はあるのでしょうか?

6. 司法システムの問題

痴漢そのものが物証に乏しいため、「自白」と「証言」があれば有罪になってしまう可能性があります。半ば強制的に自白をさせられ、それで有罪になってしまったらどうしたらいいのでしょう?

被害を受けたと主張する者の「この人が痴漢をした」との証言(犯人識別供述)と被疑者の自白程度しか証拠がないことが少なくなく、その証言ないし自白が信用されるものと認定されれば、具体的な物証がなくとも実際に犯罪をなしたとみなされる傾向にある。これを防ぐには被告人が「痴漢をしていない証拠」を事実上示す必要があるが、この証明が悪魔の証明であり、痴漢をしていないことを証明するのはまず不可能であることを問題点として指摘されている。

痴漢冤罪 (Wikipedia)

このような点も、でっち上げ犯にとっては有利に働いているでしょう。

7. 逮捕による社会的制裁

日本では不思議と逮捕=犯人と決めつけられることが多く、それだけですべてを失ってしまいます。例え裁判で無罪を勝ち取っても、すでに職や家族を失っていたらどうにもなりません。あくまで逮捕時点では「容疑者」に過ぎないのに、なぜ「犯人」扱いされるのでしょうか?「有罪」が確定して、始めて「犯人」になるはずなのですが。(実際は有罪が確定しても、えん罪である可能性があるのですが。)

この社会的制裁が、より痴漢えん罪を深刻な問題にしていることは間違いありません。

男性専用車両は何に効果があるのか?

男性専用車両を設置するのは、事件自体を起こりにくくすることが目的ですから、上記の1~3の発生する確率を低くすることができるかもしれません。(もちろん同性間の痴漢もあるでしょうが……。)とはいえ、他の問題は何も解決していないのですから、一度起こってしまえば何も展開は変わらないでしょう。すべての電車を完全に男性専用車両と女性専用車両に分けてしまえば別かもしれませんが、そこまでできるのかは疑問が残ります。

また、車両を完全に男女別にするなら、男女の比率に適合した車両編成にしないと、ただでさえ混雑している電車が更に混むことになるでしょう。片方の性別の車両がガラガラで、もう片方が乗れないほど満員では非効率的すぎます。(もちろん乗り心地は良い悪い以前の問題でしょう。)

しかし、どんな結果になるかはやってみないとわからない点も多くあるでしょうから、テストとして実施してみるのもいいかもしれません。思いの外悪くないという結論なら、導入してみるのも手だと思います。女性専用車両が出た時点で、「男性用は無いのか」という話題はすでにありましたからね。