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身の回りから感じる「実感」を「事実」や「常識」に変換するのは危険極まりない

上記のエントリは私が書いたものなのですが、実は内容的にはある共通点があります。いや、正確には「言及対象にある共通点が見られる」と書いた方が正しいでしょうか。それは何かといえば、「両方とも自分の実感に基づいて行動・主張している(ように見える)」という点です。

Webで発信した情報は誰でも自由にアクセスすることができ、自分ではそれを制御することができません。自分の声(情報)は世界中に届いてしまうのです。これは「事実」です。しかし、それが実感できるかはまた別の問題です。

普通の日記に使っている1日10Hit程度のBlogを運営していたとします。理屈としては確かに世界中に発信していることになりますが、現実的には世界各国からどんどんアクセスがあるという状態ではありません。実際のアクセスもほぼ全て日本からでしょう。この状態で「世界中への発信」を実感できるかと言えば、残念ながら難しいように思えます。

しかし「実感」を「事実」や「常識」と捉えてしまうのは正しくありませんし、場合によっては危険です。あくまで実感は実感に過ぎず、何の担保もないのです。

例えば「俺は100mを9秒台で走れないし、知り合いも誰一人走れない。だから人類が100mを9秒台で走れるわけがない。」と主張している人がいたら明らかにおかしいと気がつきますよね?実際には北京オリンピックでジャマイカのウサイン・ボルトが100mを9秒69で走りきるという記録を出していますし、ボルトでなくても世界レベルの短距離走選手なら9秒台のタイムを出すことができます。自分や自分の周りでは当たり前でも、それが事実や常識とは限らないわけです。

世界中に発信するとこうなるという一つの例

このBlogは日本語で書かれており、海外の読者を意識してエントリを書くことはほとんどありません。では海外からのアクセスがないかといえば、そんなことはありません。日本以外からのアクセスも結構あるのです。

海外からのアクセス例

上記の画像はGoogle Analyticsで取得した一カ月間のアクセス解析のデータで、緑色で塗られている地域はこのBlogにアクセスがあった場所です。日本が一番濃いのは当然としても、結構多くの国からアクセスがあるのがわかるでしょうか?

例としてアメリカのデータをポップアップしていますが、一カ月間で100以上のアクセスがありました。実際に読んでくれたのか偶然アクセスしただけなのかは不明ですが、「世界中に発信している」というのが目に見える形でわかります。世界中から自由にアクセスできるのですから、「こっそり」やることは根本的に不可能なわけです。

繰り返しになりますが、Webで発信すればその声は世界中に届きます。いや「発信」という言葉を使わなくても、自由にアクセスできるWeb上のデータはいつ世界中の人々に晒されるかわからない状態なのです。

「実感がない」とか「理解できない」という思考も想像できないわけではありませんが、思い込みや実感はアテにならないと認識しておいた方がいいでしょう。そしてその思い込みは、場合によって致命的なミスや失敗に繋がりかねないのです。*1 1 : 似たような話題のエントリをいくつか見つけたので、下にリンクを張っておきます。

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